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Author:メイプル
森山直太朗さんの歌と曲、パンづくりと下町と大きな木の傍と海辺が好き。活動的だが「のんびり」した性格。


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マクロビ生活をはじめて、お弁当づくりもできる範囲で
続けています。

朝、少し早起きをしてマクロビ弁当が出来上がった日は
一日がとてもすがすがしい気持ちです。

青菜ごはんと精進料理のじゃがいもでつくったうなぎ風のおかず
lunch1

ご飯を巻きずしにするだけで鮮やかに
PAP_0617.jpg

時間がない時はパスタとフルーツ。バゲットも手づくりです。
lunch2

時にはバケットでのサンドイッチもおいしいです。
lunch3


Post-Conflict (紛争後)の国で、元兵士等の武装解除を
専門として働かれる瀬谷ルミ子さんのご著書『職業は武装解除』。

   武装解除2

武装解除のプロセス自体に興味があり、手に取った一冊
ですが、キャリアに関して非常に共鳴する文章が多数ありました。
私自身も漠然とながらも常々思っていたことが、がしっと言葉で
表現されていました。

…自分がどれだけ立派な肩書きを持っていても、現場の
人々の抱える目の前の問題を解決できなければ、紛争地では
何の価値もない…


…組織や役職は、交渉のときなどに、相手に与える印象を
多少左右する。それを利用する場合などに役立つこともあるだろう。
でも所属や肩書がないと自分が何者かわからなかったり、自信を
持てないというのは、自分自身が肩書きに負けているということだ。
転職しても、「元○○職員」だったり、過去の光栄を持ちだしたり
しないと自分の自信が保てない場合は、過去の自分に負けている
のだと思う…


瀬谷さんご自身、国連、政府、NGOと所属を変えられながら
経験を積み、専門を高めてこられた方のようですが、肩書がなにであれ、
「自分のできる最善を尽くす」「受けた案件で結果を残す」という一貫
したキャリアの形成は素敵だなぁと感じました。

本を読み終え、どこにいても肩書に甘んじず、過去の自分に甘えず、
そして肩書きでの付き合いではない「仲間」を増やそう。いまできる
ことにベストを尽くしていこうと、気持ち新たにしました。
福岡県に本社がある西日本新聞社が2003年から
連載特集されてきた「食卓の向こう側」。ブックレット
になって販売されており、目からうろこが落ちる
ような思いで、読み直しています。

食卓の向こう側

私たちの食卓に並ぶまでの食品がどうつくられ、
どう加工され、流通ルートにのせられているのか。
まさに「食卓の向こう側」をリポートしています。

卵をそのまま湯に入れるのではなく「見栄えが良い
よいように」と、黄身と白身を分けて筒にいれて、
それをカットしているコンビニ冷麺などについて
いるの茹で卵(どこも黄身の大きさが同じになります。
「ロングエッグ」と呼ばれているそうです)。

コンビニの破棄食品を豚の餌にしたら、急に奇形の
豚が生まれるようになったという農家の実話。

商社勤務時に、化学薬品がたっぷり使われた食品の
輸入を担当し、「自分の扱う商品は口にしないように」
と家族に言い続ける矛盾への葛藤の末、退職して
無添加食品の販売を始めた男性の人生。

食が乱れる中、おにぎりや漬物など自家製野菜、
米での郷土料理で家族をつなぐ、女性の話…。

いろいろな食にまつわるエピソードが紹介されており、
非常に興味深く読み直しました。

マクロビの勉強をはじめて、食の安全や食の大切さを
前以上に意識するようになりました。いろいろな
食品が出回る中、これからは「食品を選ぶ力(目)」
が必要だなぁと改めて思います。

そしてその食品を選ぶための(「安さ」基準ではなく、
「質」基準で選択できる)生活の少しの余裕もやはり
大切だなぁと思います。
鴻上尚史さん作・演出の舞台「キフシャム国の冒険」を
新宿の紀伊国屋ホールに観に行く。

震災後、息子と夫を亡くし、自宅は原子力事故の被ばく
危険エリアで非難を勧告されている主婦(高岡早紀さん)。
現実を受け止められず、実際にはいない息子がいると
信じ込み、会話を続ける。そんな女性が冥界への旅に
出るというストーリー。

    PAP_0410.jpg

震災や原子力は2011年以降、私たちの日々を考える上で、
切り離せないものになったのだなぁと改めて感じます。
それがニュースやドキュメンタリーだけではなく、文学や
舞台などフィクションなどでも、どう表現されていくか
というのを、今の時代を生きる一人としてこれからも見て
いきたいと思います。

鴻上さんの舞台で毎回、客席に配られる鴻上さん自筆の
文章「ごあいさつ」。今回はご自身が子どもを持たれた
ことで、いままで見ることができた子ども虐待のニュースを
見ることができなくなったというエピソードに触れ、
いままで想像力でわかったつもりでいても当事者にならないと
本当の意味で理解できていなかったということを記載されて
いました。

…あの人の哀しみも、この人のつらさも、本当のことは誰にも
分からないのだろうと。…愛する人を失った人の哀しみも、
裏切られた絶望も、具体的には同じ立場に立たない限り、
リアルにはわからないのだろうと…


…相手が理解してくれないこと、自分が理解できないことは、
ただ同じ立場に立ってないということを示しているだけなんだ。
だから、相手は冷酷でも無関心でも無神経でも冷血でもなく、
ただ同じ立場に立ってないから同じ感覚をもってないだけなんだ。
そう思えることは、哀しみと同時に生きていく勇気をくれるのです…


…世の中には癒せないものがある。世の中には慰められないものが
ある。どんなにがんばっても、どんなに必死になってもどんなに
命をかけても、届かないものがある。伝えられないものがある。
そう思うことはやっぱり哀しみと同時に勇気をくれるのです…


それを認めるのは哀しく、勇気がいるけれど、
いい言葉だなぁと思います。

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